リガンド分子事件とは、大学発のベンチャー企業である医薬分子設計研究所等が、国内の大手商社である住商エレクトロニクスを相手に特許権侵害訴訟を起こした事件です。最高裁判所では、専用実施権を設定した特許権者が特許権に基づく差止請求をすることの可否が問題となりました。
米国の研究者が来日した際に、ドイツ国立研究所の技術を利用して米国のベンチャーが商品化した創薬用のソフトウェアに、「生体高分子-リガンド分子の安定複合体構造の探索方法」についての自社の特許権が侵害されていることに気づいたことをきっかけに、ソフトウェアの日本での販売代理店である商社を提訴したようです。
最高裁判所は、特許権者は、その特許権について専用実施権を設定したときであっても、当該特許権に基づく差止請求権を行使することができるとしました。
参照 https://bizboard.nikkeibp.co.jp/kijiken/summary/20020315/BIO0011H_7372a.html
平成17年6月17日 最高裁判所第二小法廷 判決
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
上告受理申立て理由第5について
1 本件は,発明の名称を「生体高分子-リガンド分子の安定複合体構造の探索方法」とする特許権(以下「本件特許権」という。)を有する被上告人が,本件特許権の侵害を理由として,上告人に対し,原判決別紙ロ号物件目録記載の物件の販売の差止めを求める事案である。被上告人は,本件特許権について,専用実施権者を株式会社D研究所,範囲を全部とする専用実施権を設定している。
2 【要旨】特許権者は,その特許権について専用実施権を設定したときであっても,当該特許権に基づく差止請求権を行使することができると解するのが相当である。その理由は,次のとおりである。
特許権者は,特許権の侵害の停止又は予防のため差止請求権を有する(特許法100条1項)。そして,専用実施権を設定した特許権者は,専用実施権者が特許発明の実施をする権利を専有する範囲については,業としてその特許発明の実施をする権利を失うこととされている(特許法68条ただし書)ところ,この場合に特許権者は差止請求権をも失うかが問題となる。特許法100条1項の文言上,専用実施権を設定した特許権者による差止請求権の行使が制限されると解すべき根拠はない。また,実質的にみても,専用実施権の設定契約において専用実施権者の売上げに基づいて実施料の額を定めるものとされているような場合には,特許権者には,実施料収入の確保という観点から,特許権の侵害を除去すべき現実的な利益があることは明らかである上,一般に,特許権の侵害を放置していると,専用実施権が何らかの理由により消滅し,特許権者が自ら特許発明を実施しようとする際に不利益を被る可能性があること等を考えると,特許権者にも差止請求権の行使を認める必要があると解される。これらのことを考えると,特許権者は,専用実施権を設定したときであっても,差止請求権を失わないものと解すべきである。
3 以上によれば,被上告人が本件特許権に基づく差止請求権を行使することができるとした原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は,採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。