タンパク質の立体構造は、その機能を決定する上で非常に重要です。立体構造には、原子の配置や化学結合、折りたたみなどが含まれ、これらが正確に配置されることでタンパク質は特定の役割を果たすことができます。例えば、酵素の場合は、特定の基質を認識するための立体構造に依存して、化学反応を触媒します。タンパク質の立体構造解析は、ノーベル賞の対象にもなりやすい分野であり、生物学的プロセスや薬剤開発においても重要な役割を果たし、医学、ゲノム創薬、バイオテクノロジーなどにおいて大きな進展をもたらしています。
タンパク質の立体構造は、立体構造により特定されたタンパク質に関する発明として特許になり得ます。ただし、特許出願では発明を文章で特定する必要があることから、特許出願書類の記載方法に注意を要します。
タンパク質立体構造、さらには、タンパク質立体構造から派生する発明として、スクリーニング方法及びその関連発明のほか、コンピュータモデル、データを記録した記録媒体といった発明が考えられます。
しかしながら、特許庁審査ハンドブックによれば、以下の請求項1から請求項3のいずれも、特許要件の発明該当性を具備しないことを理由に特許されません。
情報の提示それ自体、提示手段や提示方法に技術的特徴を有しないような情報の単なる提示は、特許法上の発明に該当せず、特許保護の対象とはなりません。したがって、請求項1に係るタンパク質立体構造データ、請求項2に係るタンパク質のコンピュータモデル、請求項3に係るタンパク質立体構造データを記録した記録媒体については、いずれも情報の単なる提示であり、特許法上の発明に該当しないと判断されます。
[請求項1] 図1で示されたタンパク質Pの原子座標を含む、タンパク質Pの立体構造データ。
[請求項2] 図1で記載された原子座標によって生成されたタンパク質Pのコンピュータモデル。
[請求項3] 図1に示すタンパク質Pの原子座標を記録した、タンパク質Pの立体構造データを記録した記録媒体。
次に、立体構造により特定されたタンパク質に関する発明に係る新規性判断について検討します。
構造座標によって定義されたタンパク質に関する発明について、そのタンパク質が先行技術文献に記載されたタンパク質と同一となるであろうとの一応の合理的な疑いが成り立つ場合には、新規性がない旨の拒絶理由が通知されます。これに対して、出願人が本願発明に係るタンパク質が先行技術のタンパク質とは異なるものであるという根拠を十分に示すことができれば、拒絶理由は解消します。
ここでは、例として、特定のタンパク質Pの結晶の発明の場合を考えてみます。請求項に記載されたタンパク質Pの結晶の製造には、技術的困難性が存在したことは明らかであるとします。また、タンパク質Pのアミノ酸配列が公知であり、その投与により血圧の低下が生じることも公知であるものの、タンパク質Pの結晶化は公知ではないとします。
この場合、先行技術はタンパク質Pの結晶、あるいは請求項に記載のタンパク質Pの結晶の製造方法を何ら教示するものでなく、さらにタンパク質の結晶化に用いられる公知の方法では、タンパク質Pの結晶化が不成功に終わっているため、その結晶物には新規性及び進歩性があり、実施可能要件も満たすと判断されます。
[請求項1] タンパク質Pの結晶であって、単位格子定数がa=5.1nm、b=6.7nm、及びc=12.3nmである、上記結晶。